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このたび公益社団法人日本アイソトープ協会は、国立研究開発法人産業技術総合研究所と協力し、新たながん治療薬として期待されている放射性核種ラジウム223の放射能を校正する技術を開発致しました。この成果により、産業技術総合研究所における国家標準が確立し、日本アイソトープ協会は国家標準にトレーサブルなラジウム223放射能の標準供給を開始致します。がん治療に用いるラジウム223の測定精度の向上に資することにより、放射性医薬品を用いた治療の促進に貢献いたしました。
これまで日本国内では、β線(ベータ線)を放出する放射性核種(ストロンチウム89, イットリウム90, ヨウ素131)が、がん治療や疼痛緩和のための放射性医薬品として利用されてきました。近年、がん治療を目的とする新しい放射性医薬品として、α線(アルファ線)を放出する放射性同位元素に注目が集まっています。α線には高い線エネルギー付与と短い飛程という特徴があることから、正常細胞への影響を抑えつつ、大きな抗腫瘍効果が期待されています。α線を放出する放射性同位元素の中でも、特にラジウム223(半減期:11.4日)を用いた放射性医薬品の研究開発は世界各国で活発に行われてきました。ラジウムはアルカリ土類金属元素であることから、同族元素であるカルシウムと化学的性質が類似しており、カルシウムと同様に骨代謝が活発な部位に取り込まれやすいことが知られています。このため、ラジウム223はがんの骨転移巣に対して抗腫瘍効果を発揮する治療薬として製品開発が進められ、国内においては、塩化ラジウム223を使用した放射性医薬品が本年6月に発売されました。
病院では放射性医薬品の投与前に放射能を厳密に測定する必要があります。使用する測定装置の精度向上のために、ラジウム223の放射能標準化が望まれてきました。より質の高い治療を実現するために、日本アイソトープ協会は産業技術総合研究所と協力し、放射能測定の検証等研究開発を行ってきた結果、ラジウム223の放射能のトレーサビリティを確立いたしました。産業技術総合研究所との研究内容についてはこちらをご覧ください。
日本アイソトープ協会は、国家標準にトレーサブルなラジウム223の放射能標準を供給開始致します。また、今後も新しい放射性医薬品に対応した放射能標準の整備に努め、サービスのさらなる向上を目指してまいります。
原子核には中性子と陽子が存在し、陽子の数を原子番号、中性子と陽子の数の合計を質量数といいます。例えば、陽子の数が6の場合は原子番号6となり、周期表から元素は炭素であることが分かります。しかしながら、陽子の数(元素)が同じであっても中性子の数が異なるものが存在し、この場合には結果として質量数も異なります。元素と質量数の組み合わせで区別したものを核種(同位体)と呼び、ラジウム223のように、元素名のうしろに質量数が表記されることがあります。例えば、炭素には質量数が異なる炭素12、炭素13、炭素14などが存在します。 核種にはエネルギー的に安定なものと不安定なものが存在します。不安定な核種は壊変により安定な状態へ移行しようとする性質があり、このような核種を放射性核種といいます。
質量数が223のラジウムを表します。α壊変する放射性核種で、半減期は11.4日です。壊変しながら別な核種を経て、最終的には安定な鉛207になります。
放射性核種は、余分なエネルギーをα線やβ線などの放射線として放出し、よりエネルギー的に安定な別の核種へと移行します。例えば、セシウム137は、壊変によりβ線を放出して安定な核種バリウム137に変化します。このような事象を壊変(又は崩壊)といい、壊変に伴いα線が放出されるものをα壊変、β線が放出されるものをβ壊変といいます。
単位時間(秒)あたりに壊変する数を放射能といい、その単位にはBq(ベクレル)が用いられます。
壊変により、放射性核種の原子数は時間の経過につれて減少します。放射能は原子数に比例するため、放射能も同様に減少します。この時、放射能が始めの半分になるまでの時間を半減期といいます。放射性核種にはそれぞれ固有の半減期があり、半減期が短いほど、短時間で放射能が減少することを示します。例えば半減期11.4日のラジウム223の場合、11.4日後には2分の1、22.8日後には4分の1となります。
放射性核種が壊変する際に放出される放射線にはいくつかの種類があります。高速のヘリウム原子核が放出されるものをα線といい、高速の電子が放出されるものをβ線といいます。α線もβ線も電荷を持つ粒子であることから荷電粒子とも呼ばれます。
線エネルギー付与は、LET(Linear energy transfer)と呼ばれることもあります。LETは、荷電粒子の通過経路に沿った単位長さ辺りにどれだけのエネルギーを与えるかを示すものです。一般に、β線、X線、γ線は低LET放射線、中性子線、α線、重粒子線は高LET放射線とされています。高LET放射線では短い距離で多くのエネルギーを与えることができます。このことから、α線を放出する放射性核種をがん細胞へ的確に輸送すれば、がん細胞への高い致死効果が期待できると考えられます。
α線やβ線等の荷電粒子は、物質中で、電離・励起・制動放射等の相互作用によりエネルギーを失います。この時、エネルギーを完全に失うまでに進む距離を飛程といいます。飛程は放射線のエネルギーによっても異なりますが、細胞中でのα線の飛程はµmオーダー、β線の飛程はmmオーダーです。β線に比べてα線の飛程は極めて短く、離れた距離まで到達することが出来ません。このため、α線を放出する核種をがん細胞へ輸送した場合、それ以外の部位への影響を低く抑えることが可能と考えられています。
その国家における計量の基準となるものを指します。日本においては、国立研究開発法人産業技術総合研究所が放射能の国家標準を維持・供給しています。
測定器は標準器によって校正され、その標準器はより正確な上位の標準器によって校正されます。このような校正の繰り返しを校正の連鎖といい、上位の標準器を次々に辿っていった時に、国家標準にたどり着くことができるものを「国家標準にトレーサブル」と表します。
トレーサブルの名詞形です。校正の連鎖を追跡した時、国家標準にたどり着くことが確認されていることを表します。
例えば、国家標準にトレーサブルな放射能(X Bq)の試料をある測定器で測定した場合、測定器の出力として測定結果(Y Bq)が得られるとします。この時、XとYの差を確定させることを校正といいます。国家標準にトレーサブルな測定器の場合、その測定器と国家標準との差が予め分かっていることになります。この様な測定器では、正しい測定結果Xが得られるよう国家標準との差を補正することで、正確な測定をすることが可能となります。
公益社団法人日本アイソトープ協会
アイソトープ部 研究開発課
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