18. ラジオルミノグラフィによるマクロアレイ解析


金居正幸, 内田和彦

筑波大学基礎医学系
305-8575 茨城県つくば市天王台1-1-1

Key Words :
macroarray, microarray, functional genome genomics

† Instruments for Radiation Measurement in Biosciences : Series 3. Radioluminography.
18. Macroarray Analysis by Means of Radio-luminography.
Masayuki KANAI and Kazuhiko UCHIDA :
Institute of Basic Medica1 Sciences, University of Tsukuba, 1-1-1 Tennoudai, Tsukuba-shi, Ibaraki Pref. 305-8575, Japan.



1. はじめに

ヒトゲノム DNA の約30億塩基対の塩基配列が解明されようとしている。 2000年6月26日ヒトゲノム国際共同研究プロジェクトと米セレラ・ゲノミクス社はヒトゲノムの "working-draft" の作製が終了したと発表した。 ヒトゲノムプロジェクトでは米国の貢献は67%, 英国は22%わが国は 7 %と言われている。 2000年の 4 月 6日にはセレラ社はショットガン法でヒトゲノムの全塩基配列を99%解読したと発表している。 セレラ社はその情報を一部の企業のみに有料で公開しているが, まもなく全シーケンスは明らかになると思われる。 ヒトゲノムプロジェクトでは全ゲノムの97%のクローニングが終わっており, 85%が塩基配列の決定がなされている1)が, ゲノム科学の分野においてもDNAシーケンシングの斬新的な開発が行われ, ゲノム構造 (塩基配列) が解明されようとしている。 次に我々が考えなければならないのは, ゲノム (遺伝子) の機能を知ることである。 そしてこのポストゲノムシーケンンシング時代において必須のかつ有効な新手法が DNA マイクロアレイである。

DNA マイクロアレイを用いることにより, 1 回の実験で膨大なゲノム機能に関する情報を素早く得ることが可能になる。 これらの情報には組織特異的・病態特異的に発現している遺伝子群, 外的刺激により活性化される遺伝子群, 転写因子の下流で制御される遺伝子群があり, 遺伝子発現プロファイリング (発現頻度解析) を行うことで, これらの遺伝子群の包括的な相互作用, ネットワークが明らかになり, これまで以上に生命現象の解明が進み, さらには新薬, 新しい診断・治療法の確立が可能になると考えられる。

このマイクロアレイ技術は, ①プローブ (cDNA) を低密度でメンブレン上に固定化し, ラジオアイソトープによって標識を行う DNA マクロアレイ, ②高密度でスライドガラス上に固定化し, 蛍光物質 (Cy5, Cy3 など) にて標識を行う DNA マイクロアレイ, ③最も集積度が高く基板上にオリゴマー DNA (25塩基程度) を合成しビオチン蛍光物質などにて標識を行うジーンチップ (GeneChipTM; アフィメトリクス社) の三つに分類される。 これらの中で, 筆者らはマクロアレイとマイクロアレイ解析を行っている。 マイクロアレイの蛍光による検出では, ガラス面への DNA 固定化が一様でないこと, 蛍光感度の問題やハイブリダイゼーション効率が低いなどいくつかの克服すべき課題が残されているものの, これらは日々改善されつつある。 研究室でのルーチンワークになる日も近いと思われる。 マイクロアレイでは専用の読取り装置が必要であることやターゲットとして用いる RNA が比較的多量に必要なことから, 広範な応用が期待できるにもかかわらずその普及を困難にしているともいえる。 一方, ラジオアイソトープを用いたマクロアレイは, これまで日常の実験で使用しているナイロンメンブレンを用いていることから, DNA の固定化が簡便であること, 操作中に DNA が剥離することがないことまたターゲット RNA がマイクロアレイより少量で済むことからマイクロアレイより普及する可能性を秘めている。 マクロアレイでは検出プロトコールはすでに確立されたサザンブロット解析と基本的に同じであり, DNA マイクロアレイと比較しても安定した結果と高い感度が得られている。

最近は, Research Genetics 社や Clontech 社や国内企業からマイクロアレイとマクロアレイが販売されるようになったが, 高価であるために誰もが簡単に利用できるわけではない。 マイクロアレイ (GeneChipTM) では一連の実験を行うのに最低でも百万円から数百万円はかかる。 マイクロアレイでもスライドのものは 2 枚で数万円からと価格が下がってきてはいるものの, 解析システムを考えると広く使える手法とは言い難い。 アレイ技術が一般的に使われるためにはコスト的に安価で, 感度に優れ, 技術的に簡便である必要がある。 本稿では筆者らが行っているマクロアレイを紹介する。 この技術の普及の一助になれば幸いである。

2 マクロアレイを用いた遺伝子発現解析法

ヒトの既知遺伝子4000クローンのアレイを例としてマクロアレイを用いた遺伝子発現解析の流れを示す (図 1 )。 cDNA を PCR により増幅し, 自作したスタンフォード方式のスポッター2) にてナイロンメンブレン (ポールバイオダイン) にスポッティングを行う (図 2 )。 このスポットされたcDNAをプローブと呼ぶ。 ターゲットとして用いるサンプル (細胞・組織由来RNA) は, Acid GuanidiniumPhenol Chloroform 法により抽出した total RNA を用いる。 通常 total 3 μg を[α-33P]dCTP にて標識し, プローブがスポットされたメンブレンを用いてハイブリダイゼーションを12時間行う。 ノーザンブロット法と同様に洗浄し, イメージングプレート BAS-2025 (富士写真フイルム) に露光する。 その後, イメージングアナライザ BAS-5000 (富士写真フイルム) にてイメージングプレートの画像を取り込む (図 3 )。 各スポットのシグナル強度の定量は, AIS アレイビジョン (イメージングリサーチ) を用いて解析を行う。 得られたシグナル強度を比較することにより, それぞれの遺伝子の発現プロファイルを作製することができる3)。


 拡大
図 1 マクロアレイを用いた遺伝子発現解析法

ヒトの既知遺伝子4000クローンのアレイを例としてマクロアレイを用いた遺伝子発現解析の流れを示す。 画像解析は専用のソフトウェア (Array Vision, AIS) を使用している。 cDNA クローンを PCR を用いて増幅する。 これに色素 (ブロモフェノールブルー) を加え, スポッター (アレイヤー) にセットする。 万年筆と同じようにステンレスニードルが機械的にサンプルをとりメンブレンに順にスポットしていく。 これをアルカリ処理, 中和した後, べーキングを行って固定する。 サンプル RNA にインターナルコントロールとしてルシフェラーゼ mRNA を一定量混人し逆転写酵素を用いて 33P ラベルする。 これをメンブレンアレイにハイブリダイズさせる。 その後サザンブロットと同様にメンブレンを洗浄し, 露光後イメージングアナライザで画像を取り込む。 これをアレイ解析専用ソフトのアレイビジョンで定量解析する。


 拡大
図 2 スポットされた約4000クローンのアレイ

メンブレンの大きさはスライドグラスにして 6 枚分程度である。 作製時間はかかるが, まとめて作製すればそれ以降の操作は翌日までに終えることができる。


 拡大
図 3 ハイブリダイゼーション後の取込み像

注意深くハイブリダイゼーンヨンの操作を行わないと, バックグラウンドが均一でなくなる。 イメージングプレートに露光して BAS5000 や Storm (モレキュラーダイナミクス) などで読みとる。


3 マクロアレイとマイクロアレイ

マクロアレイとマイクロアレイの違いは, ターゲットの標識法や集積度の違いだけでなく, 解析に用いるターゲットの RNA 量も異なる。 マクロアレイの場合は, total RNA 量が 0.5- 3 μg と少量であるのに対し, マイクロアレイの場合は, 1- 2 μg poly-(A)RNA, total RNA 量に換算すると最低でも 100- 200 μg と大量の RNA を必要とする。 これでは 少量のサンプルから, 多くの情報を得る" ということはできない。

ターゲット RNA の標識は, マクロアレイではラジオアイソトープ, マイクロアレイでは蛍光物質である。 多検体処理を行う際に, マイクロアレイでは, 蛍光を持つ二つのうちの一つは, コントロールとして通常同時にハイブリダイゼーションに使用している。 さらに, スポットしたアレイは再使用することはできない。 したがってマイクロアレイの場合は主に遺伝子発現ネットワークの構築などを目的とした2者間の比較において威力を発揮する。 一方, ラジオアイソトープを用いるマクロアレイにおいては, 次章に述べるような改良を加えることによって, 多検体処理が可能になる。 マクロアレイ, マイクロアレイとも多検体処理を行う場合には, インターナルコントロールとしてハウスキーピング遺伝子を用いる場合が多いが, 強い刺激などによりそれらの遺伝子発現量が大きく変化する場合があるという共通の問題がある4)。 遺伝子発現ネットワーク解析にはマイクロアレイ, 多検体処理を行うスクリーニングにはマクロアレイというようにうまく区別して遺伝子発現頻度解析を行うことを提案したい。

4 マクロアレイを用いた多検体処理における遺伝子発現量の定量性と感度

マクロアレイでは, ラジオアイソトープを用いているため, 当然, 1 回の実験で 1 サンプルからのシグナル強度しか得られない。 したがって, マクロアレイで 2 者以上の遺伝子発現頻度を比較する場合は, ターゲットのラベルやハイブリダイゼーションの効率に, スポットされたプローブ DNA 量の不均一性が生じ, 正しく比較できない場合がある。 これを解決するためには, インターナルコントロールを用いて補正する必要がある。 マクロアレイでメンブレンでハイブリダイゼーション後のバックグラウンドが完全に均一ということは難しく, 場所によってその値が異なることが多い。 全体をソフト的に平均化する方法もあるが, 図 4 に示すように, 筆者らは4000クローンのプローブにルシフェラーゼ遺伝子やβガラクトシダーゼ遺伝子などヒトにホモログがない遺伝子を加え, また, ターゲット RNA に in vitro で転写した一定量のルシフェラーゼ (β ガラクトシダーゼ) mRNA を混ぜ, これをインターナルコントロールとしている。 さらに, 同一のマクロアレイメンブレンを用いて異なるターゲットで同様に一定量のルシフェラーゼ (βガラクトシダーゼ) mRNA を混ぜ, 再ハイブリダイゼーションを行うことで, 多検体処理を可能としている (図 4 )。


 拡大
図 4 DNA マイクロアレイシステムの構築

ハイブリダイゼーションごとにルシフェラーゼ遺伝子のシグナルで補正し, 遺伝子発現頻度を算出する。 多検体で行うにはこのようなインターナルコントロールが必要である。


筆者らが行っているマクロアレイにおける定量性と感度を検定した結果を示す。 プローブとする DNA, ターゲットとして用いる RNA をおのおの図で示すような量と濃度でハイブリダイゼーションを行うことにより定量性と感度を検定した (図 5 )。 mRNA 量 1 ng から十分に検出可能である。 この結果から, total RNA 量をわずか 1 μg 用いるだけで, 大まかではあるが計算上約 500copies/cell の mRNA を検出できることがわかった。 単純に考えると, 理論上 total RNA 100 μg を用いることにより, 計算上 5 copies/cell の mRNA を検出することが可能となる。 つまり, 操作が煩雑になるが, total RNA から mRNA を抽出し, 標識を行うことにより, さらに高感度の検出が期待できると考えられる。 また, プローブとして用いる DNA の量に応じてもシグナル強度が変化するため, 同一のメンブレンでの多検体処理において同じターゲットを常に同時にハイブリダイズさせることが必要と考えられる。


 拡大
図 5 マクロアレイによる定量性と感度

メンブレン上のプローブ量が多ければ感度は上がることがわかる。 mRNA 量として 1 ng が標識されていれば十分に検出可能である。


このラジオアイソトープ検出によるマクロアレイを胃がん・甲状腺がんにおける遺伝子発現モニタリングに応用し, 組織特異的かつ癌特異的に発現している遺伝子の同定を試みている。 さらにこの特異的な遺伝子を末梢血有核細胞から RTPCR によって検出することでがんを早期に診断する方法の確立を試みている。

5 ゲノム解析におけるマクロアレイの位置づけ

本稿で紹介したラジオアイソトープを用いたマクロアレイは, ノザンブロット, サザンブロッティング法と基本的に原理は同じであり, テクニックとして完全に確立されていることもあり, 再現性や定量性における信頼度は高い。 また,少量のターゲットRNA(totalRNA0.5- 3 μg) を用いて, 通常のスクリーニングにおける十分な感度が得られている。 また, プローブ cDNA からの PCR 産物の調整, 後処理がマイクロアレイと比べて簡便であるため, 実験目的に応じて, 遺伝子群を加えていくことが比較的容易である。 最近では, ラジオアイソトープを用いたマクロアレイにて, 特定の組織のみに発現している遺伝子群や, ある種のストレスを与えたときに誘導される遺伝子群に的を絞って探索することも行われてきている5)6)。 また, これまで遺伝子発現パターンを比較する方法として用いられてきた RDA 法7) や SSH 法8), ディファレンシャルディスプレイ法9) に比べても, マクロアレイは作業過程がはるかに簡便であるといえる。 ただし cDNA 資源の調達, 調整に大変な費用, 労力を要するため, すでにマクロアレイをルーチン化しているところと共同で行うか, 市販のものでもよければまず試してみることもいいかもしれない。

このよう にDNA アレイ技術, 特にラジオアイソトープを用いたマクロアレイはスクリーニング的な技術として浸透していくと期待される。 アレイ技術のさらなる進歩が今後, 医学・生命科学における多大な貢献をすると考えられる。



文  献


1) Nature, 405, 983984 (2000)
2) 内田和彦 : 生化学 71, 119124 (1999)
3) 植松直也, 金居正幸, 内田和彦 : 実験医学別冊ゲノム研究プロトコール, pp. 7983 (2000)
4) Eickhoff, B. et al : Nucleic Acid Res., 27, 33 (1999)
5) Rhee, C. et al. : Oncogene, 18, 27112717 (1999)
6) Khodarev. N. et a1. : Proc. Natl. Acad. USA, 96, 1206212067 (1999)
7) Hubank, M. and Schatz, Z. : Nucleic Acid Res., 22, 56405648 (1994)
8) Diatchenko, L. et a1. : Proc. Natl. Acad. USA, 93, 60256030 (1996)
9) Tedder, F. et a1. : ibid., 85, 208212 (1988)