金沢工業大学高度材料科学研究開発センター 924-0838 石川県松任市八束穂 3-1
固体に放射線が入射した場合, 固体内では, 励起 (excitation) および電離 (ionization) が行われ, 固体の物理的あるいは化学的性質に変化をもたらす。 その際, それらの効果の緩和 (relaxization) 現象は, 物質により異なり, 放射線入射後, ただちに緩和し元の状態に戻るものもあれば, 準安定あるいは, 永続的に残存するものもある。 緩和に伴い, エネルギーの放出が起こるが, 大部分のエネルギーは, 固体の原子, 分子の振動, 回転などの熱運動に消費される。 しかし, 光 (可視光) のエネルギーよりエネルギーバンドギャップの大きい固体においては, そのエネルギーの一部が可視光の形で放出されることがある。 一方, ただちに緩和せずにその状態が準安定あるいは永続的に存在する場合においては, その被照射固体に, 外部より, 熱的あるいは光学的に刺激 (stimulation) を与えると, 光放出を伴って準安定状態が緩和され, もとの状態に回復することがある。 この熱的な刺激 (具体的には, 固体を加熱する) による緩和に伴う発光現象は,熱刺激ルミネッセンス(thermallystim- ulated luminescence : 略して TSL) あるいは,熱ルミネッセンス (thermoluminescence: 略して TL) と呼ばれ, すでに個人被曝線量計等に広く応用されている1)。 一方, 放射線照射後, 熱に代って, ある特定の波長の光を用いて刺激を行っても発光が観測される場合がある。 この現象は, 光刺激ルミネッセンス (optically stimulated luminescence : 略して OSL) と呼ばれており, 緩和の際, 放出される発光の強度があらかじめ照射した放射線量に比例することから, 上述の TSL 現象同様, この現象も放射線量計測への応用が可能である。 この OSL と同じような現象は, 1950年代に蛍光体の分野ですでに観測されており, 輝尽発光あるいは輝尽性ルミネッセンス (photostimulated luminescence : 略して PSL) と呼ばれ, 紫外線や可視光線を照射したⅡ-Ⅵ族化合物蛍光体を赤外線あるいは近赤外線で刺激することにより可視の発光が得られたことから, 赤外線レーザーの検出に応用されてきた。 OSL と PSL は上述したように同じ現象でありながら, 研究された分野が異なったため, 今日では, このように二つの呼び方がされているのが現状である。 放射線分野では, 本来, OSL と呼ぶほうが TSL などの現象との対応から好ましいと思われるが, 最近, 放射線計測の分野でも PSL と呼ぶほうが一般的になってきているので, 本稿でも, 以下, PSL と呼ぶことにする。 図 1 に PSL 現象の原理を説明するための模式図を示す。 最近と言ってもすでにほぼ20年ほど前になるが, Eu をドープした BaFBr 輝尽性蛍光体粉末を有機フィルム上に塗布したイメージングプレート (Imaging Plate : 略して IP) を用いたコンピューテッドラジオグラフィあるいはディジタルラジオグラフィと呼ばれる二次元の放射線イメージセンサシステムが開発され, 医療診断, オートラジオグラフィおよびX線結晶構造解析等への応用に威力を発揮することが明らかにされた2)。 そして, オートラジオグラフィの分野等ではラジオルミノグラフィ (radioluminography : 略して RLG) と呼ばれ, アイソトープをトレーサとして用いるゲル電気泳動や薄クロマトグラフィなど, 特に, 平面上に分布するラジオアイソトープを検出・定量および画像化するための新規な方法として利用されるようになってきた。 このような動きと平行して, 近年, この PSL 現象を利用した IP を放射線計測へ応用しようという研究もまた活発化してきており3), ここ数年, 放射線の分野ではトピックスになっている。 本稿では, 現在, IP 用輝尽性蛍光体媒体として広く実用されている BaFBr : Eu 蛍光体における PSL メカニズム, PSL 現象を利用した IP の特徴と基礎物性および IP を用いた先端放射線計測の現状と今後の展望について言及する。
2. BaFBr : Eu 蛍光体における PSL メカニズム4)-7) BaFBr : Eu は PbFCl 型の結晶構造をもつイオン結晶であり, そのバンドギャップエネルギーは 7.5 - 8.3〔eV〕 と広く, 基礎吸収端は真空紫外領域にある絶縁体である。 この結晶にX線が入射すると, バリウムや臭素イオンがX線を吸収し, 内殻正孔と伝導電子の対がまず生成される。 ついで, 内殻正孔のオージェ遷移により数個の伝導帯電子と価電子帯正孔に緩和する。 このとき作られた伝導帯電子は大きな運動エネルギーをもっており, 価電子帯から電子を次々に励起して緩和する。 結果として, 蛍光体内には, エネルギー Ex をもつ 1 個のX線フォトンが入射すると, Ex3/Eg 個の電子-正孔対が生成される。 ここで, Eg は, バンドギャップエネルギーである。 生成された価電子帯の正孔の大部分は, ただちに自己束縛正孔に緩和し, 一部は不純物などの正孔捕獲中心にトラップされる。 一方, 伝導帯の電子は自己束縛はせず, 蛍光体中を移動して不純物, 格子欠陥 (陰イオン空孔など) や自己束縛正孔にトラップされる。 自己束縛正孔にトラップされた電子は自己束縛励起子 (self-trapped exciton) となり, 励起子発光を伴って再結合するが, 不純物や格子欠陥に捕らえられた電子や正孔はその場所に捕らえられた状態で室温で安定に存在することとなる。 PSL 現象に寄与するのは, このようなトラップされ, そのままでは再結合しない電子や正孔である。 すなわち, このように, X線のエネルギーにより生成された電子や正孔が再結合せずに, トラップされた状態が, 放射線の情報を蛍光体に蓄積した状態に相当する。 BaFBr : Eu の PSL のメカニズムについては, いくつかの競合する提案がなされており, いまだ定説は確立されてないようではあるが, 高橋らによって提案されたモデルが最も現時点では指示されているように思える。 彼らによれば, X線励起により生成された電子は臭素イオンやフッ素イオン空格子 (これらの空格子はX線励起により生成されるのではなく, もともと蛍光体結晶に導入されたものである) に捕らえられ, それぞれ F(Br-), F(F-) などのカラーセンターを形成する (最近, 富士写真フイルムから市販されている IP には, BaFBr0.85 I0.15: Eu 蛍光体を用いたものもあり, この場合には, F(I-) 中心も生成されている可能性がある)。 一方, 正孔は微量に蛍光体結晶にドープされている Eu2+ に捕らえられ, Eu3+ を形成する。 ここまでのプロセスが BaFBr : Eu におけるX線の情報の蓄積過程である。 次に情報を読みだすための刺激光である He-Ne レーザー光 (波長 630nm) を照射すると, F(Br-) 中心に捕らえられていた電子は, F(Br-) の励起準位 (この準位は BaFBr の伝導帯下約 37meV 下に位置すると考えられている) に励起され, そこから室温の熱エネルギーで最終的には伝導帯に励起される。 伝導帯に励起された電子は結晶中を動き, Eu3+ イオンに捕えられていた正孔と再結合をする。 その際, 再結合エネルギーにより Eu2+ イオンを励起し, 励起状態の Eu2+ イオンが作られそれが基底状態に緩和する時に波長約 390nm の発光を伴う。 この発光が PSL として検出される。 図 2 に BaFX : Eu2+ 輝尽性蛍光体の PSL スペクトルおよびその刺激スペクトルを示す。
また図 3 には上述した高橋らの PSL メカニズムに対応するエネルギーバンドダイアグラムを示す。 高橋らのモデルでは, 正孔捕獲中心として単に Eu2+ イオンを考えたが, ドイツの Paderborn 大学のグループは6), ESR の結果から, X線照射後に Eu2+ イオンの濃度に変化が見られないことおよび ODMR の結果から, F(Br-) 中心と Eu2+ イオンおよび酸素不純物に起因すると思われる正孔捕獲中心の 3 者が互いに適当な距離まで接近した複合体 PSLC(PSL complex) が形成され, この複合中心が PSL に強く関与しているという報告を行っている。 また, Siemens のグループも7), PSLC モデルを提案しているが, 彼らは, F 中心近傍にある H 中心 (格子間ハロゲン原子) または, Vk 中心による複合体を考えている。 南戸ら3)は, KCl: Eu 結晶における PSL 過程を詳細に調べた結果, X線照射により Eu2+ イオンの光吸収帯強度が減少すること, および刺激後の発光に伴って, Eu2+ イオンの光吸収帯強度がもとの大きさに戻ることを観測し (図 4 ), KCl : Eu 結晶では, Eu2+ イオンが正孔捕獲中心として働いているという証拠を得たことを報告している。
上述の高橋モデルでは, PSL と同時に光伝導が観測されることから, 刺激光照射により電子捕獲中心すなわち F(Br-) 中心の励起状態を経て, そこから熱的に伝導帯に電子が励起されているということになっている。 しかし, 低温でも PSL が観測されることから, F(Br-) 中心の近傍に Eu2+ イオンを含んだ発光中心が存在し, 一部の F(Br-) 中心は励起状態からトンネリングによって, 正孔と再結合しているのではないかというモデルも提案されている6)。 以上のように, PSL のメカニズムに関しては, いまだ解明されてない点が多くあり, 今後, さらなる研究が必要であると思われる。 特に, BaFBr : Eu 蛍光体に限っても, 蛍光体の作成条件により (たとえば酸素を含むか含まないか), 複合欠陥などの状況が異なってくることが予想でき, 上に記述したようなプロセスが同時に起こっている可能性もあるように思われる。 3. IP の特徴と問題点 3・1 放射線計測用媒体としての IP 市販されている IP(BaFBr : Eu) は, 紫外線, X線および γ線などの電磁波はもとより,β 線, α線および中性子線などの粒子線にも感度を有することから, 医療X線診断用写真フィルムに代る高感度X線二次元イメージセンサ媒体, オートラジオグラフィ用イメージ媒体およびX線回折用, 紫外線レーザーのパワー分布計測用, 電子線画像用, 中性子線画像用および宇宙線画像用媒体として注目され, 一部, 実用に供されている3)。 IP は放射線照射後, 約 500 - 700〔nm〕 の刺激光を照射することにより, 約 390〔nm〕 にピークを持つ, PSL を呈する。 他の放射線計測用媒体, 特に写真フィルムに比べ, 以下のような特徴を有する。 1 各種放射線に対して高感度である たとえばX線に対しては, 写真フィルムより約 3 桁感度が高い。 さらに, 蓄積したノイズを使用前に除去できることから, 低雑音イメージが実現できる。 そのため, たとえば, X線間接撮影に利用すれば, 著しく被験者の被曝線量を低減できる。 また,α 線およびβ 線に対しても感度が評価されており, 1 時間の照射時間で, 単一粒子あたりの平均 PSL 強度は, α線 (214Am) では 0.245±0.032〔PSLparticle〕, 90Sr, 137Cs, 147Pm および 14C 等の RI 線源からの β線では, それぞれ, 0.148±0.005, 0.107±0.014, 0.032±0.001 および 0.012±0.001〔PSLparticle〕 になると報告されている8)。 2 広い放射線量域 (約 5 桁) にわたって直線性がよい X線写真フィルムの 1.5 桁に較べて約 3 倍の著しく広い測定範囲をもっている。 そのため, IP を使うことにより, 微弱な放射線から強い放射線まで, 一度にイメージをとることが可能である。 3 広い線量率特性を有する IP は積分型のセンサであることから, 高線量率あるいはバースト状のパルス放射線に対しても, パイルアップや数え落としもなく測定が可能である。 4 広いエネルギー範囲の放射線の測定が可能である 特に低エネルギーの光子, 電子に高い感度を示す。 光子では, 2.5 - 25eV で測定が可能で, 電子に対しては, 下限ははっきりしていないが, トリチウム (約 5.7eV のβ 線) の計測に利用されている。 5 ディジタル化した画像信号を得ることができる そのため, 測定結果をすべて, 光ディスクに保存できるため, 管理および検索が容易である。 またコンピュータを用いた画像処理 (たとえば, 画像と画像の差分など) が容易にできる。 6 繰返し使用が可能である 読出し後の残った情報は白色光の照射または熱により, 完全に消去することが可能であるため, 繰返し使用が可能となる。 以上のように, IP は, 従来の積分型放射線計測媒体にはない多くの特徴を有しており, 最近, IP あるいはその他の輝尽性蛍光体媒体を用いた IP のユニークな新しい放射線計測への応用が検討されている。 表 1 にいくつかのラジオグラフィにおける IP と写真フィルムの露光時間の比較を示す。
3・2 放射線計測用媒体としての IP の問題点 IP は, 積分型の放射線検出器であるが, 放射線線量計として利用する場合, 積分量が時間とともに減衰するという実用上致命的な欠点がある。 この現象は, 「フェーディング (fading)」 現象と呼ばれている。 IP を放射線線量計測に利用する場合には, このフェーディング現象の解明が急務であり, できうれば, フェーディング現象を起こさない新しい輝尽性蛍光体の開発が望ましい。 このような状況のもと, 近年, フェーディング現象に関する研究が活発になり, そのメカニズムの解明あるいはフェーディングを起こさない蛍光体の開発研究が活発化してきている。 さらに, 上述したように, BaFBr : Eu においては, 放射線照射によって F(Br-) 中心と F(F-) 中心の 2 種類の電子捕獲中心が生成されているにもかかわらず, He-Ne レーザー光を使った読出しにおいて, F(F-) 中心はほとんど読出されることはなく, ほぼ安定に 「潜像」 として残るという問題も指摘されており, これらの問題は, PSL の励起・発光メカニズムとも密接に関連した形で解明が待たれている。 PSL にかかわる主要な電子捕獲中心は, F(Br-) 中心であるが, この F(Br-) 中心は, 室温では結晶中を拡散することが報告されている。 したがって, 放射線照射後, 生成された F(Br-) 中心は拡散し凝集したり, 不純物などと会合して複合中心を作ったりあるいは正孔捕獲中心と再結合することによって減少する。 BaFBr : Eu 単結晶の場合には, 放射線照射後, 室温の暗所に保存しても, F(Br-) 中心は数日で消滅することがわかっている。 しかし, IP においては数日たってもかなりの F(Br-) 中心 (約 70%) が消滅せず, 残っていることが確認されている。 これは BaFBr に微量に混合してあるヨウ素イオンや不純物によって F(Br-) 中心が固定され拡散がおさえられているからではないかと考えられている。 図 5 および図 6 に IP を含め, これまでに主に筆者らによって研究されているアルカリハライド系輝尽性蛍光体およびⅡ-Ⅵ族化合物輝尽性蛍光体を放射線照射後室温の暗所で保存した場合のフェーディング特性を示す。 なお, KCl : Eu2+ 輝尽性蛍光体および KBr : Eu2+ 輝尽性蛍光体は, X線照射後, それぞれ, 約 560〔nm〕 および 620〔nm〕 にピークを持つ光で刺激することにより, 約 420〔nm〕 の波長にピークを持つ PSL ピークが観測できる (図 7 )。
また, KCl : Eu2+ および KBr : Eu2+ を適当な割合で混合した蛍光体においては, KCl に対して KBr の割合を増やすことによって刺激スペクトルのピークは, 長波長側へシフトする (図 8 )。 また, Ⅱ-Ⅵ族化合物輝尽性蛍光体である SrS : Eu2+, Sm3+ 輝尽性蛍光体は, X線照射後, 波長約 1100〔nm〕 にピークを持つ近赤外光で刺激することにより, 約 600〔nm〕 付近に強い PSL ピークを呈する (図 9 )。
図 5 および図 6 に示すように, IP の場合には, 1 時間で約 2 - 3 割の減衰があることがわかる。 一方, 筆者らの研究室で作成した KBr : Eu 蛍光体は, 優れたフェーディング特性を示しており, 放射線線量計測用 IP 媒体として有望と思われる。 フェーディングのメカニズムに関しては, そう単純ではなく, いろいろな要因がきいていることが最近わかってきた。 それらの要因を列挙すると 1 蛍光体の結晶性 KClx Br1-x :EuやCax Sr1-x S:Eu, Smなどの 混晶系蛍光体では一般にフェーディング特性がよくないことから, 蛍光体の結晶性がフェーデ ィング特性に影響を与えていることが考えられる。 2 蛍光体にドープする発光中心 (不純物) の種類と濃度 たとえば, 発光中心の濃度が高くなると, 電子捕獲中心と発光中心の実空間的な距離が近くなり, 複合中心を形成する確率が増えてくる。 その結果, トンネリング等により, 再結合して消滅する確率が増える。 3 湿度の影響 アルカリハライドおよびアルカリフルオロハライド系蛍光体は湿気による潮解性が高いため, 高湿状態では, 結晶の潮解とともにEuなどの発光中心の凝集などが起こり, 結果として, フェーディングが顕著となる。 4 室温での熱エネルギーによる電子 (正孔) 捕獲中心からの電子 (正孔) の励起 電子捕獲中心あるいは正孔捕獲中心のエネルギー準位が浅い場合には, 室温の熱エネルギーによりトラップされていた電子 (正孔) が伝導帯 (価電子帯) に励起され, 消滅してしまう。 5 電子および正孔捕獲中心の拡散 電子捕獲中心あるいは正孔捕獲中心のイオン半径が小さい場合には, 拡散が生じ, 結果として消滅する。 6 複合中心でのトンネリング たとえば, 電子捕獲中心である F(Br-) 中心と Eu3+ イオンが距離的に近くに存在するようになったりあるいは会合して複合中心を形成した場合には, トンネリングによる電子と正孔の再結合が起こり, 結果として, フェーディングが顕著となる。 などが考えられ, これらの要因は相互に密接に関連しているため, 現象は複雑であると考えられる。 IP の実用上のさらなる問題点の一つとして, 電子捕獲中心の生成効率の問題がある。 表 2 にX線照射により BaFBr : Eu 蛍光体内に生成される電子捕獲中心の種類とその生成効率を示す。 これは Thomas らによって報告されたもので, 彼らによると, 発光中心である Eu2+ イオンには 2 種類あって, 電子捕獲中心である F(Br-) 中心と空間的にまったく独立した Eu2+ 中心 (彼らはこの状態の Eu2+ 中心を "uncorrelated" PSL center と呼んでいる) と, おたがいが空間的に比較的近くに存在した (いわゆる会合したような状態) Eu2+中心 ("correlated" PSL center) が結晶中に生成されていると考えられている。 そして, 刺激により F(Br-) 中心の励起状態に励起された電子は, トンネリングにより correlate した Eu2+ 中心と再結合をし, 一方, uncorrelate した Eu2+ 中心とは, 伝導帯を介して再結合するのではないかと考えている6)。 表 2 からわかるように, X線照射により生成される電子捕獲中心のうち, F(Br-) 電子捕獲中心は約18%程度であり,他の電子捕獲中心は PSL に寄与していないとすると, 効率がかなり悪いことになる。 それ故IPの感度をさらに向上させるには, 今後, 電子捕獲中心の生成効率についても検討が必要であると思われる。 表 3 にこれまでに研究報告されている新しい輝尽性蛍光体およびその PSL ピーク波長および刺激帯のピーク波長を示す。
4. IP を用いた先端放射線計測の現状と 今後の展望 4・1 IP を用いた先端放射線計測 1 IP の非破壊検査用放射線画像媒体への応用 通常の非破壊検査では, もっぱら, 写真フィルムが用いられているが, 最近, IP を用いた工業用ディジタルラジオグラフィの試みが検討されている。 具体的には, 各種の照射線源 (ライナック, コバルト, イリジウム) を使用し, 主に, 原子力部品などの IP による非破壊検査9), IP を用いたX線 CT によるセラミックスの内部非破壊検査10)および IP を用いた溶接試験体の非破壊検査11)などが報告されている。 また, 最近, 中性子ラジオグラフィ (物質内部の構造観察, 航空機の構造材料の疲労検査) 用の IP が開発され, その応用も検討されている。 さらに, 半導体の分野では, IP を用いたSiウエハーのウエット処理行程での金属不純物吸着と洗浄効果の評価が報告されている13)。 RI を使って半導体表面の吸着や洗浄効果のような不純物挙動の評価を行う場合, シンチレータ計測が一般的であるが, このような画像による計測はこれまでほとんど行われていなかった。 2 中性子計測 日本原子力研究所の新村らによる中性子回折測定 (原子レベルでの構造決定) や原子炉周辺の環境放射線測定用の IP の開発12), アメリカのランダウ社による中性子用 IP の開発14)がすでに行われており, 従来の写真フィルムやシンチレータに代る新しい検出器として注目されている。 詳しい情報はわからないが, 報告では, ランダウ社による中性子用 IP は, 中性子に対して tissue-equivalent であり, 角度依存性がなく, 安価で, 速中性子の個人線量計に適していると書かれており, 今後の応用についての報告が待たれるところである。 また, 最近, 小林らは (私信), Gd2O3 を混入した IP を用いた中性子ラジオグラフィの検討を行い, この IP が中性子ラジオグラフィに有効であること, さらに, 約 9 桁の広い線量範囲にわたって PSL 強度の優れた直線性がなりたっていることを報告している。 3 電子および陽電子線画像計測 IP の優れた基本特性 (高感度, 広いダイナミックレンジと直線性) は, 電子線に対しても十分発揮され, 透過電子顕微鏡 (TEM) の電子線画像計測にも広く利用されるようになってきた15)。 最近, 電子ばかりでなく, 陽電子の位置検出器としての IP の応用も検討されている16)。 4 紫外線レーザビーム計測 紫外線もX線や γ線と同じ電磁波であり, IP は紫外線励起によっても PSL を生じる。 ただし, その場合の励起はバンド間遷移ではなく, ドープされた Eu イオンの直接励起と考えられている。 甲藤ら17)18)は, IPを用いて, エキシマレーザーのビームの強度分布を独自の装置を使 って測定し, ビームの二次元画像を得ている。 5 微弱放射線イメージ計測 IP は, 1〔mm2〕 のスポットに約数時間露光することにより, 10-4〔Bq〕 オーダくらいの微弱放射線をも検出することが可能であることから, 従来ほとんど不可能であった極微弱放射能を容易に検出できる。 たとえば, 従来, ノイズに埋もれて検出できなかった岩石中の 40K の分布19), 同じく御影石の表面の放射能分布 (0.17〔cpm〕 のα 線および 0.43〔cpm〕 の β線)20), ホットラボにおけるスリッパなどに付着した 90Sr による極微量放射能 (0.054〔Bq〕) 汚染の検出20)および野菜, 果物, 豚肉, 海産物等に含まれる自然放射能分布像の測定20)が可能であることが報告されている。 これらの結果は, 微弱な放射性同位元素の検出あるいは放射能の二次元分布の画像化に IP が威力を発揮することを示すものであり, 今後, アイソトープを取り扱う施設における放射性同位元素の検出あるいはバイオサイエンス・ライフサイエンス分野での RLG 用イメージ媒体として十分応用が可能であるばかりではなく, これまでにはない新しい利用が期待できる。 6 混成放射線場の弁別計測 アメリカのランダウ社による冷却した中性子用 IP(CaF2 : Mn をポリエチレンマトリックス中に分散させた輝尽性蛍光体) を用いて, 中性子と γ線が識別可能であるとの報告がなされている21)。 これも新しい試みであり, 今後の成果が注目される。 7 放射線の線質およびエネルギー計測 放射線計測器としては, 線種弁別およびエネルギー計測は不可欠である。 IP は二次元計測が可能であるため, 優れた位置検出器として応用が可能であり, もし, 線種弁別, エネルギー計測が可能であれば, IP のみでこれらのインテリジェントな先端放射線計測が可能であり, その応用範囲は広い。 異なった線種の放射線に対する IP の応答についてはあまり報告はないが, 最近, IP を用いた放射線の種類判別の研究が活発化してきている。 いくつかの方法が提案されており, 複数 IP シートを用いた方法8), IP のイメージを複数回読み出す方法8), IP の刺激帯の 2 波長での読出しによる弁別22)-24), photobleaching法23)24)およびPSL強度比較25)などがすでに報告されており, その発展が期待される。 詳細は, 武部による解説論文26)を参照いただきたい。 8 PSL 現象の年代測定への応用 従来から, TSL 現象を利用した年代測定が試みられていたが, PSL 現象が室温で測定が可能であることおよび PSL 現象が TSL 現象より感度が高いことから, 最近, PSL 現象を用いた年代測定の研究が活発化してきている27)-30)。 4・2 問題点と今後の展望 現在市販されている IP は, 放射線照射によって蓄積された情報が, 室温で時間とともに消失するいわゆるフェーディング現象を呈する。 フェーディングの度合いは報告者によって少し違いはあるが, 室温の暗所で放置すると, 約 1 時間で約 20 - 30% の情報が消失すると言われている31)。 それゆえ, IP を放射線線量計として利用する場合には, 大きな問題となる。 現在, このフェーディングのメカニズムの解明32)ならびにフェーディングを示さない輝尽性蛍光体の探索が積極的に行われており, 最近, アルカリハライド系蛍光体である KBr : Eu 蛍光体26)や酸化物蛍光体である Al2O3 蛍光体33)34)がフェーディングを示さない材料として報告されている。 このように, 最近では, IP を含めた輝尽性蛍光体ならびに放射線計測への応用の研究が活発化してきており, IP が先端放射線計測用媒体として市民権を得るのも近いと考えられる。 表 4 に新しい輝尽性蛍光体を開発する際に重要となる蛍光体の具備すべき条件を示す。
5. お わ り に 上で述べたように, まだ解決しなければならない問題点はあるものの, PSL 現象を利用した IP の放射線計測用媒体としてのポテンシャリティは大きく, IP の普及とその威力は目を見張るものがある。 しかも, 放射線計測分野ですでに幅広く使用されている同じ発光現象を利用した放射線検出器であるシンチレータにはない多くの特徴をもっている。 ただ一つシンチレータに劣る点は, IP は積分型の放射線検出器であるのに対して, シンチレータはその場観察が可能である検出器であることである。 最近, ガラス材料において輝尽性ルミネッセンス現象が観測されるという報告もでてきており35), 透明なガラスによる IP が実現できれば, 放射線照射に続いて, 裏面から PSL をその場で観測するような形の IP システムも夢ではない。 謝 辞
本研究の一部は, 文部省科学研究費 (No 09558060, No. 08875014) および文部省私立大学ハイテクセンター整備構想の助成により行われた。 ここに記して感謝の意を表します。 また, 共同研究者として, 貴重な議論をいただいた金沢工業大学金原 粲教授, 那須昭一教授, 草野英二助教授, 東北大学工学部武部雅汎教授, 阿部 健教授に感謝いたします。 さらに, 実験に協力いただいた金沢工業大学大学院生宮崎 誠君, 今井敦志君および小森宏信君に感謝いたします。
1) たとえば, Fillard, J. P. and Turnhout, J. van : "Thermally Syimulated Processes in Solids : New Prospects" , Elsevier (1977) |