196-8558 東京都昭島市武蔵野 3-1-2
1. 透過電子顕微鏡の原理と画像の記録 図 1 は透過電子顕微鏡 (TEM) の外観を示している。 TEM は, 50倍前後の極低倍率から 1000000 倍以上の超高倍率まで, 拡大倍率を広い範囲で変えることができる。 これは, 使用している電子レンズが, その磁界の強さを変えることによって, 焦点距離を自由に変えられるからである。 電子レンズの像拡大機能は, 光学レンズと同様に幾何光学で考えることができる。 図 2 は TEM の拡大像を得る仕組みを模式的に示している。 電子線照射によって照明された試料の透過像は, まず対物レンズで拡大結像される。 その後, 複数のレンズ (対物ミニレンズ・中間・投影レンズ) で構成された拡大レンズ系で, その像が 2 - 4 段にわたって拡大され, 記録用フィルム, および観察用スクリーンに実像を投影している。 なお, TEM の倍率は最終画像記録面 (写真フィルム面) で較正されている。 TEM の分解能は 0.2nm 前後であり, これは原子や分子を直接観察できるレベルである。 TEM の分解能がこのように高いのは, 原理的には, TEM で使用している電子線の波長がきわめて短い (たとえば, 加速電圧が 200kV のときで, 波長は 0.0025 nm) ためである。 図 2 には, 電子回折を観察するモード (Diff モード) も示されている。 対物レンズの後焦平面 (後ろ側の焦点を含む平面) には試料の電子回折パターンが形成されており, 第 1 中間レンズの焦点距離を大きく変えて, この電子回折パターンに焦点を合わせれば, 最終像面では拡大された電子回折パターンを観察することができる。 電子回折はX線回折と同様に, 回折パターンから試料の結晶性, 結晶方位, 格子間隔などを測定することができる。
TEM の観察室では, 蛍光板に映し出された TEM 像や回折パターンを観察窓を通して観察することができる。 通常, 観察窓には双眼鏡が準備されており, 像や回折パターンのフォーカス調整に利用される。 蛍光板はアルミニウム板に粉末の蛍光体を塗布したものが用いられている。 観察窓には, 鏡体から発生するX線を遮蔽するため鉛ガラスが用いられている。 一般的に, 加速電圧が高くなればなるほどこの鉛ガラスの厚みも増し, 加速電圧が 1000kV 以上の超高圧電子顕微鏡などでは, 蛍光板上の詳細な像コントラストの観察が難しくなる。 このような場合には, 観察室下部のカメラ室に取り付けられた TV カメラを用いて, モニタ上に表示される画像を観察する方法が有効である。 TEM に用いられる記録システムには, 以下のようなものがある。 1-1 写真フィルム 写真フィルムは, 電子顕微鏡の発明以来, 半世紀以上も使用され続けている。 TEM 用フィルムとしてシートフィルムが市販されており, 最も一般的に利用されている。 解像度が高い利点はあるが, 感度が低く, 感光特性はγ カーブであり, 画像強度の定量化に不便である。 1-2 TV カメラ TEM 像をビデオで撮り再生することは, 動的観察, 多人数での観察, コンピュータ入力, 即時プリント作製などの点で大変便利な機能である。 TEM 像のビデオ撮影は, 専用の蛍光スクリーンと組み合わせたテレビカメラ (TV カメラ) で行われている。 TV カメラはモニターとしての機能は高いが, 画質の面では十分とは言えず, 画像の定量解析などには利用できないのが現状である。 1-3 スロースキャン CCD カメラ TV カメラと同様に, 専用の蛍光体で可視光に変換され, CCD 表面の半導体電極に到達した光はその強度に比例した量の電荷に変換され, 各画素の電極に一時的に蓄積される。 この蓄積された電荷は, 順次隣接の画素へ転送され出力端子より取り出され, 電気信号として検出される。 スロースキャン CCD カメラでは蓄積した電荷を低速で走査 (スロースキャン) させながら電気信号として検出するため, 通常の CCD カメラに比べ, 検出感度が高くダイナミックレンジも広い。 また, CCD を冷却することにより, ノイズの増大をもたらす暗電流を減少させることができる。 TV カメラに比べると画質・感度ともに優れているが, イメージングプレートほどの高画質は期待できない。 また, 視野が狭いなどの問題点も残っている。 1-4 イメージングプレート (IP) TEM 用の IP は, 当初富士写真フイルムと日本電子との共同で開発された1)2)。 TEM 用の IP も, 原理的には X 線の場合と同様であるが, 外形は小さく (99.6mm×80.9mm), また分解能向上のための色素が含有されており表面は青色を呈している。 電子線に対する輝尽性蛍光体の画像形成は, X線に対する原理と同様である。
2. 透過電子顕微鏡におけるイメージングプレートの特性と応用
図 3 は, TEM と組み合わせた IP の読取装置の外観を示している。 また, 図 4 は TEM 用 IP の構造を示している。 図 5 は, IP の入射電子線強度に対する出力シグナルを示している。 比較のために, 汎用の TEM 用写真フィルムの入射電子線強度に対する黒化度も示してある。 この図より, IP は汎用の写真フィルムに比べ, 入射電子線強度に対して感度が高く, 広いダイナミックレンジを持ち, 入射電子線強度と出力シグナルとの線形性が精度よく保たれていることがわかる。 したがって, 少ない電子線量でも撮影が可能であることがわかる。 ここで, 精密な画像解析を行うためにはシグナル (S) とノイズ (N) の比 (S/N) に注意しなければならない。 IP について加速電圧 100kV と 200kV での照射電子線量に対する (S/N)2) を図 6 に示す3)。 照射電子線量の増加とともに, (S/N)2 が向上している。 したがって照射電子線量が少ない場合は, シグナルに対してノイズの比率が大きく, 高い精度での解析が困難であることがわかる。 103(電子画素[e/pixel]) 以上の電子線量では (S/N)2 は飽和しており, これ以上電子線量を増大させても (SN)2 の向上は期待できない。 図 7 には, IP (UR-Ⅲ 型 ; 50μmpixel) とフイルムの S/N 特性を比較して記されており, これらのデータは IP の画素サイズ (50μm) に対して評価された (S/N)2 である。 なお, IP については, 読取装置のモードのうちの二つのモード (high gain mode, low gain mode) での測定例が示されている。
S/N の他, 記録媒体の性能を示す指標として, 検出量子効率 (DQE : detective quantum efficiency) が用いられることもある。 DQE は,入力信号の(S/N)INと出力信号の(S/N)OUT を用いて
で表すことができる。 理想的な記録システムでは, 出力信号の S/N が入力信号と同じに保持され, DQE は 1 となる。 DQE の評価に際しては, 画素サイズの実効値を見積もるために, 入射電子の記録媒体内での広がりを示すポイントスプレッド関数 (pointspread function) を評価する必要がある。 図 8 は, IP に対して測定されたポイントスプレッド関数である。 このポイントスプレッド関数を考慮して得られた IP システムについての最高感度読み取りモードでの DQE が図 9 に示されている4)。 照射電子線強度が低い領域と高い領域で, それぞれ DQE が小さくなる傾向にある。 DQE が小さい場合には, 入力時の SN に比べ, 記録システムからの出力の S/N の値は小さく電子線照射に対する画質の向上が効率的に図れないことに注意する必要がある。 したがって, 電子線照射損傷を受けやすい試料では, できるだけ DQE の高い電子線強度領域で観察することが望ましい。 これに対して, 電子線損傷を受けにくい試料では, S/N ができるだけ大きな値を持つ電子線照射領域で記録することが重要である。 一般に, 加速電圧の上昇とともに, DQE の値は小さくなることが知られている。 これは, 電子線の透過能がそのエネルギーの上昇とともに増大し, 電子の一部が IP の蛍光体層を通過してしまうためと考えられている。 また, 高い加速電圧でも, 低電子線照射領域と高電子線照射領域でやはり DQE が低くなる傾向にある。 IP でみられるこうした低・高電子線強度領域での DQE の低下は, スロ-スキャン CCD カメラと同様である。
IP は, 電子線照射後読出しまでの時間経過とともに記録されたシグナルが弱くなる現象 (フェーディング (fading)) 特性を示す。 撮影後読出しまでの経過時間に対する IP の出力シグナルの変化を図 10 に示す3)。 この図より, IP のフェーディングは, 照射後 5 時間以内で急激で, その後は比較的緩やかであることがわかる。 電子線照射直後 (0.1h=6min) の出力シグナルを基準 I0 として, 照射後の経過時間 (t+0.1h) での出力シグナル I(t) は, 近似的に次式を用いて記述できる。 ( 2 ) c1, c2, T1, T2 は定数である。 T1 と T2 は, 放射性同位元素の半減期に相当するものである。 これらの定数は, 25 ℃ において, 25μpixel の IP(FDL-UR-Ⅴ 型) では c1=0.2, c2=0.8, T1=1.2 時間, T2=850 時間 ( 3 ) であり4), また, 50μpixel の IP (UR-Ⅲ 型) については, c1=0.3, c2=0.7, T1=2 時間, T2=170 時間 ( 4 ) と求められている5)。 また, 撮影に用いたイメージングプレートを 0 ℃ 程度に冷却保存することにより, フェーディングによるシグナルの減衰を小さく押さえられることが知られている5)。
IP のフェーディング特性が, 式( 4 )のような形で記述できることから, フェーディングがあってもプレートごと ( 1 画像ごと) の出力シグナル強度は, 入射電子線強度に比例しており, 出力シグナルを用いて定量解析ができることがわかる。 また, 式( 4 )および照射後一定時間経過後の出力シグナルと入射電子線量の関係を示す感度曲線 (たとえば図 10) を用いれば, 任意の経過時間での出力シグナルからイメージングプレートに入射した電子の絶対強度を求めることも可能である。 図 11 は, IP の高感度性を示す応用例である6)。 ハロゲン化銀 (AgBr) 結晶は電子線損傷を受けやすく, 従来の写真フィルムを用いた常温撮影では結晶が壊れてしまい, 撮影することが困難であった。 IP を用いて電子線照射量を約 1/100 にすることにより, 結晶を壊さないで撮影することに成功した。
図 12 は, IP を用いて撮影した高分解能像の例である5)。 IP の高い分解能と定量性で画像を忠実に記録することができ, 図 13 に示すような定量解析が可能となった。
お わ り に
イメージングプレートが TEM に応用されるようになってから, TEM 画像データの定量解析の分野が飛躍的に発展しつつある。 また, 最近開発されたエネルギーフィルタ TEM では, イメージングプレートが不可欠である。 このように TEM の分野でも IP は大きく貢献をし, 今後の発展も期待されている。 文献
1) Mori, N. et al. : J. Electron Microsc., 39, 433 (1990) |