研究者紹介 No.55

研究者紹介
更新日:2025年2月21日(所属・役職等は更新時)
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アイソトープとの出会い~学生時代について

アイソトープ・放射線の研究を始めたきっかけを教えてください

学部4年時に、病気の診断や治療を目指した多様な機能性分子を開発する病態分子認識化学分野の研究室に所属しました。そこで、アルツハイマー病などの様々な脳疾患の病態解明や診断に繋がる可能性を持つNMDA受容体という脳内タンパク質を標的とした放射性医薬品の開発に取り組みました。この分野では、自ら合成した化合物を動物実験で評価し、場合によっては臨床試験へ展開できる可能性があり、そのやりがいの大きさに魅了され、次第に研究の世界に没頭していきました。

研究職に進むことを決めた当時の心境を教えてください

博士号取得後、製薬企業や大学、研究機関で研究に携わりたいと漠然と考えていましたが、研究が思うように進まないことも多く、やり残したことが多いと感じました。そのため、自由に研究を続けられる環境で働きたいという思いが強まり、大学などの研究機関での研究を続けたいと考えるようになりました。幸い、博士後期課程の修了が近づく中で、先生の支援を受け、大学での研究職に就くことが決まりました。その時は、不安よりも研究を続けられる喜びが大きかったことを覚えています。

学生の頃、熱中していたことを教えてください

学部時代には、剣道部で身体と精神、さらに肝臓も鍛えながら、充実した日々を過ごしました。夏の合宿では、稽古後の暑さに耐えかねて盆明けの海に飛び込んだところ、わずか5秒でクラゲに全身を刺されるというハプニングに見舞われたことも、今では懐かしい思い出です。また、薬剤師国家試験に向けて、学部の友人たちと日夜麻雀を通じて親交を深めながら、共に苦難に立ち向かいました。その友人の一人とは現在も共同研究を行うなど、学生時代のつながりが研究活動にも生きています。

現在の研究について

現在の研究内容、おすすめポイントを教えてください

放射性医薬品は、脳疾患やがんなどの病気に関連する生体分子に放射性核種を結合させたものです。放射性核種には診断用と治療用の2種類があります。私たちは、診断や治療法が確立されていない病気に関連する生体分子に結合する化合物を開発し、適切な核種を選んで組み合わせることで、新たな放射性薬剤へと展開しています。また、2種類の核種を活用することで、診断と治療を同時に行う化合物の創製が可能となり、特にがん領域などにおいて革新的な医療技術への発展が期待されます。

図1 放射線を利用した病気の診断・治療.
Theranostics; 診断(Diagnosis)と治療
(Therapy)を同時または連携して行う
医療技術を意味する造語
 図2 病気の診断を目的とした研究の一例:
 123I標識低分子化合物を用いたプリオン病
 マウスの原因物質の画像化.
 (Sci Rep, 5, 18440, 2015. 一部改変)

研究を行う上で大事にしていること(モットー)を教えてください

研究の流行に流されず、他の研究者が行っていない課題に挑戦することを大切にしています。多くの試みがうまくいかないこともありますが、それでも大学や研究機関の研究職の良さは失敗を許容し、挑戦を続けられることだと感じています。また、異なる研究分野に触れることで、自分の研究に新たな視点や展開が生まれることもあります。日々、物事を斜めに見ることで、研究生活に新たな視点や楽しさを見出しています。

あなたの好きな(縁のある)放射性同位体や元素を教えてください

原子番号85のアスタチン-211(At-211)です。At-211はα線を放出する核種で、がん治療への幅広い応用が期待される非常に有用な元素です。私自身も現在の研究で取り扱っていますが、安定同位体を持たないため、化学形の同定が極めて難しいという厄介な一面もあります。その奥深い性質に触れるたび、研究のやりがいを感じるとともに、その魅力に次第に惹かれるようになりました。

今後の目標・展望を教えてください

まず一つ目の目標として、現在取り組んでいる、予後が非常に悪い膵臓がんの早期発見や治療法に繋がる革新的な放射性薬剤の開発を達成したいと考えています。次に、私自身も学生時代に着手したものの、世界的に見ても満足のいく化合物の開発には至っていない脳内NMDA受容体を特異的に可視化できる放射性薬剤の研究をさらに進め、最終的には有用な化合物を創出することを密かに目指しています。

学生へメッセージ

アイソトープや放射線は一見、怖いものとして認識されがちですが、実際には医療や産業など多くの分野で欠かせないツールです。正しい使い方を学ぶことで、病気の診断や治療に革新をもたらし、環境やエネルギー分野においても新たな解決策を見つけることができます。ぜひ、放射線の可能性を広げる研究に取り組み、人々の生活に役立つ新しい技術を創出してください。


淵上 剛志(ふちがみ たけし)
専門
放射性医薬品化学、物理系薬学、分析化学
略歴
2006年 九州大学 (大学院薬学府) にて博士(薬学)取得、2006年 浜松医科大学 光量子医学研究センター 助手、2009年 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 助教、2014年 同所属 准教授を経て、2021年より現職
HP
https://www.p.kanazawa-u.ac.jp/~bunseki/