研究者紹介 No.50

研究者紹介
更新日:2024年9月27日(所属・役職等は更新時)
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アイソトープとの出会い~学生時代について

アイソトープ・放射線の研究を始めたきっかけを教えてください

学部の卒業研究で「光子線照射による細胞損傷モデル解析」というテーマに取り組み、自身が得意な数学と放射線影響を組合わせた研究に取り組んだことがきっかけでした。また、私が学部3年から4年次になる春休みに、福島第一原子力発電所の事故があり、そのタイミングで放射線影響に一層の関心が集まったのも一つ大きなきっかけだったと思います。大学院では、放射線治療や防護に資する生物影響予測研究(数学モデル開発や細胞実験)に取り組み、様々な分野の一流の研究者と出会い、自身の研究を進める中でわからなかったことが解明できていくうちに、研究が楽しくなってきました。

研究職に進むことを決めた当時の心境を教えてください

私が大学進学した学部は、診療放射線技師のライセンスを取得可能な学部でしたので、私も診療放射線技師になるのだと、当時は漠然と思っておりました。しかし、大学院の修士課程を修了したタイミングで、自分の性格も考えた上で研究職の方が向いている気がし、思い切って研究職を目指しました。自身で決めたことでもあったので、不安はなかったと思います。さらに、大学院の際に、英国の大学(Queen's University Belfast)に客員学生として勉強に行き、経験を積むことができ、自信につながったことも大きかったと思います。

現在の研究について

現在の研究内容、おすすめポイントを教えてください

現在の研究は、国産の放射線輸送計算コード「Particle and Heavy Ion Transport code System (PHITS)」の研究開発に参画し、放射線で生じる遺伝子(DNA)損傷の予測コードの開発を進めています。放射線により生じる後発の放射線影響(細胞死や染色体異常、発がん)は、早期に起こるDNA損傷に起因すると考えられています。そのような背景から、私は、放射線の飛跡構造をナノメートルサイズで予測可能なシミュレーションコードを活用し、計算で得られる放射線の物理反応の空間パターンを解析し、DNA損傷の発生数や損傷の複雑さを評価しています。生体内で発生するDNA損傷は、上述にある放射線の物理反応だけで決まるわけではなく、ラジカル(水の分解生成物)などの化学的な反応も重要となり、一筋縄ではいきません。様々な分野の研究を行い、難解な課題に挑戦することに、面白さや魅力があると思っています。

あなたの研究人生において、影響を与えた方を教えてください

人生において最も影響を与えた方を挙げるとすると、恩師であり、指導教員であられた伊達広行教授(所属:北海道大学)になります。伊達教授あってこそ、今の私があるといえると思います。また、伊達教授は、10年以上前より放射線の基礎である電子線の飛跡構造を低エネルギーまで追跡できる計算コードを開発されてました。現在、私はPHITSの電子線コードの応用研究に関わっており、電子線つながりで今の研究につながっていることを考えるとすごい縁だと感じます。

今後の目標、展望を教えてください

今後は、放射線輸送計算コードPHITSにおいて、粒子線治療で使用される陽子線や炭素線照射時の水の放射線分解による化学生成物(OHラジカルや水和電子など)の挙動をシミュレート可能なコードの開発に取り組みたいと思っています。この研究を通じて、放射線による生物効果の正確な理解につなげたいと考えています。

学生へメッセージ

放射線は1895年にレントゲン博士による発見以降、医学や産業に様々な形で活用されてきましたが、人体への影響は100年余りしか歴史がなく、未だによくわかっていないのが現状です。放射線影響研究を進めるには、工学や理学、生命科学と様々な分野の研究を総動員する必要があります。異分野が絡み合う研究は一見複雑そうですが、これはチャンスであり、非常に興味深い特徴だとも思います。放射線をキーワードとした研究を進める際は、一つの研究分野のみにこだわることなく、二刀流といわず三刀流以上を目指し、知識を総動員して挑戦してほしいと思っています。


松谷 悠佑(まつや ゆうすけ)
専門
放射線生物、放射線物理、放射線生物物理、放射線治療
略歴
2018年 北海道大学大学院保健科学研究院修了 博士(保健学)、同年 原子力機構 原子力基礎工学研究センター 博士研究員に採用、2021年より同機構研究員として従事。2022年より北海道大学保健科学研究院 講師に着任(現職)、2023年より原子力機構 原子力基礎工学研究センター クロスアポイント職員として放射線輸送計算コードPIHTSの開発に従事。
HP
https://nsec.jaea.go.jp/ers/radiation/rpro/index.htm
https://phits.jaea.go.jp/indexj.html