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大学では、せっかく薬学部に入ったのだから薬を作ってみたいと考えていました。研究室を選ぶ際、分子イメージング研究は、薬剤設計/合成/インビトロ実験/インビボ実験、最後はイメージングまで全てに携わることができると知り、アイソトープを用いた放射性薬剤開発の研究を始めました。研究開始当時は、分子イメージング研究が、ニッチな領域から疾患の診断法として拡大していくという時期にあたり、分子イメージング研究分野全体の発展に合わせて、自身の研究も継続・発展することができ、現在まで続けてこられたと感じています。
友人の多くは、共に修士課程に進学した後、博士課程には進まずに企業に就職しました。当時、特に将来展望もなく学生生活を歩んでいた私は、周囲に合わせて就職活動も経験しています。企業面接で、「5年後会社でどうなっていたいですか?」と聞かれたとき、そんなものは会社が何をして欲しいかで変わるじゃないかと考え、「入社前の段階で目標は立てられません」と答えました。その面接は不合格でしたが、自分の人生で為すことは、ある程度自分の意志で決められる環境が良いと感じました。結局、研究者としてアカデミアに残るのですが、何の後悔もありません。
現在の研究テーマは、質量数10のホウ素と中性子の核反応を利用した、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に利用する薬剤開発研究を進めています。BNCT用に販売される薬剤は現状ひとつしか無く、優れた薬剤開発が求められています。これまでの研究成果として、現状の薬剤と比べて、薬剤の溶解度を100倍以上向上させた薬剤や、がん細胞にさらに選択的に集積する薬剤開発を進めてきました。BNCTはまだまだ発展途上の研究領域なので、自分の研究が、BNCTの発展に実際に貢献できると感じられ、やりがいや責任感を感じています。
挙げると書ききれないほど沢山あるのですが、ひとつ選ぶなら、実際に出たデータを大切にすることです。研究計画を立てても、予想通りに行かないことがほとんどです。そんなはずはない、とデータを軽視するのが最も危険です。出版されたポジティブな結果にはいくらでもアクセスできる世の中で、自分で出したデータは次の仮説を考える上で他の研究者に対する唯一のアドバンテージです。自分の結果をうまく反映して、ほんの少し仮説を修正する。これが簡単にできれば苦労はしないのですが、常にそうあるべきであると心に留めています。
これまでに、放射性薬剤を用いた分子イメージング、BNCTと研究を進めてきて、がんに対し物理的なダメージを与える効果や影響について、ますます興味が湧いてきました。今後の研究としては、優れた放射性薬剤開発やBNCT用薬剤開発を進めていく他に、がん細胞に対してどのようにダメージを与えればより効果のあるがん治療法となり得るかに関して、核医学研究を中心に掘り下げられるような研究ができればと考えています。
放射性薬剤やBNCT用薬剤開発の根幹には、「アイソトープが治療・診断に非常に有効である」という性質があります。研究者は、アイソトープを狙った場所に届けられるか、という極めてシンプルな課題と常に向き合います。それを達成できれば、高い確率で優れた核医学治療に繋がるわけです。世界中の研究者がこのシンプルであるが難解な目標を達成しようと日々研究を展開しています。皆さんのアイデアが革新的な核医学治療法を生むかもしれません。