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私は、学生時代には食品科学の研究をしており、その後、一度食品メーカーへ就職し、新商品の研究開発に没頭していました。結婚、出産を機に、退職したのですが、その後も研究をしたいという思いだけは持ち続けていました。育児が少し落ち着いてきたとき、突然、知人から紹介を受け、放射線生物学専門の教授の元、研究助手としてハイパーサーミアの研究に取り組むことになりました。その後、第一種放射線取扱主任者の資格を取得しRI実験施設での研究員として従事し始めたのが、私の放射線研究のきっかけです。その時の一本の電話が、その後の人生の大きな転機となり、今の自分があるのだと感謝しています。
食品メーカーで勤めていた期間は、社会を知る上で私にとって良い経験でした。研究員として再出発するまでの5年間は専業主婦をしていましたので、また研究ができることが本当にうれしく、実験やディスカッションをしていた時間が楽しかったのを覚えています。ただ、家事・育児のため夜に研究室に残ることができない日々でしたので、5年後、10年後の自分のために、今、学ぶべきこと、今の自分にできることを考え、家族が眠る時間に資格試験に取り組んだこともありました。不安よりも「研究をしたい」という思いがあれば頑張れると私は思います。
抗がん研究から、現在は食品科学や工業分野での放射線利用の研究を行っています。近年、持続可能な社会の実現に向けて世の中が動いていますが、私は、その中でも食糧問題の解決に向け、従来の殺菌法(煮炊きなどの加熱殺菌)よりも優れた複合殺菌法を研究し食品ロスの問題に挑んでいます。従来の殺菌法では、輸送の過程で損傷から回復する菌の影響で、多くの食品ロスが発生しています。紫外線・放射線殺菌では、作用機序からそのような「損傷菌」の発生を抑える作用があることがわかってきました。我が国では食品への適用には様々なハードルはありますが、放射線の優れた点を明確にすることで、新たな議論につながるものと期待しています。
モットーは「いつも笑顔で前向きに」です。私は、前職では放射化学、放射線生物学の教育の現場におりました。そこでは、国家試験に臨む学生達と長時間対策に取り組むことがあり、大変な状況を乗り越えるために、いつもこの言葉を伝えていました。そして、この言葉は、卒業されるときにもこれからの人生の餞(はなむけ)にもう一度贈っています。日々の研究や業務は、うまくいかない、大変なことの方が多いものですが、どんなに大変でも常に目標を持ち前向きでいることは、自分を輝かせ、乗り越えていくための原動力になります。
私は、一度専業主婦をしたのち、研究員になってから学位取得を目指しました。当時は子育ての真っ最中で、長男はまだ5歳でした。そこから、昼間は教育中心の業務、家に帰れば家事にも追われ、さらに休日や寝る間も惜しんで実験や論文執筆という本当にハードな生活を続けていました。学位を無事に取得できた時には長男は13歳になっていました。体力的にも大変でしたが、一番苦しかったことは自分の中で「研究をさせてもらっている」という負い目のような気持ちになっていたことです。当時、夫は上海赴任中で、小さな子供がいるのに、このまま学位取得を目指していいのだろうかと申し訳ない気持ちの時期がありました。しかし、研究職に進みたいという私の人生の目標設定があり、家族の支えもあって乗り越えることができました。その甲斐あって、現職の公募に採用され、大規模な照射施設がある現在の大学で研究活動をしています。
アイソトープや放射線は、医療分野の他、様々な未利用分野で可能性を秘めています。その有効性を解明し、制御することで、将来的に持続可能な社会の実現に貢献できる可能性があります。私たちの研究が、多くの患者様や困っている方のお役に立ち、これからの社会を変えていくこと、その使命感を感じて取り組んでもらいたいと思います。一方で、安全性の議論も大事です。安全性の検証には、これからも多くのエビデンスの積み上げが必要です。さらにリスクコミュニケーションによって、安全だけでなく安心の醸成にも取り組んでいかなければなりません。研究職といっても、社会活動によって社会とのつながりを持つことは、それが誰のための研究であるかを理解するとともに、自分のモチベーションにも繋がると思います。