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「手に職を付けたい」と思って高専に行きましたが,就活時は最悪の不景気だったので進学に切り替えたところ,編入枠を増やしたばかりの東大に拾ってもらえました。ロボット・バイオ・資源工学等から専門を選ぶことができたのですが,折角すごい大学に入れたのだから国家レベルの仕事をしたいと思って原子力を選び,アイソトープを使う研究室へ仮配属されました。企業より国の組織で偉くなった方が(もし出世できれば)身内に仕事を回しやすいかな,くらいの浅知恵でした。
リストラだの倒産だので親世代がとても苦労しているのを見ていましたから,「企業の方が安定している」というイメージはありませんでした。むしろ研究職の方がダイレクトに社会や経済と自分の専門性を繋げられると感じました。とはいえ,博士課程では(学費等が免除されたとしても)相応の所得機会を損失しますし,受け身な性格の方に研究職は向かないことが多いのも事実です。
私は原子力安全に関する「何でも屋」ですが,原子炉で使う金属材料の劣化評価には学生時代から携わってきました。まず加速器を使って原子炉材料に高エネルギー粒子を打ち込んで,原子レベルの欠陥を導入します。そして同じ場所へ電子線(または陽電子ビーム)を同時に入射して,出てくる透過電子線や回折電子線(またはガンマ線)を測定することでリアルタイムに劣化を観察します。放射線には色々な種類があり,入力信号や出力信号に適切なものを選ぶことで,複雑な原子炉構築物の劣化を制御したり,現象毎に切り分けて測定したりすることが可能になります。
助教として赴任した東大・東海村キャンパスでは,東日本大震災によって破損した加速器施設のリノベーションを担当しました。限られた予算とスケジュールで共同利用を再開すると共に,施設に新しい特徴を付加することが求められました。この間,原子力安全の研究者に対するバッシングや安全規制強化への対応もあり,何重ものストレスに晒されました。多くの方々(特に,破損した施設を使ってこられた先輩方)のご協力を得て,イオン加速器のビームラインを延長して透過電子顕微鏡と接合し,電子線と高エネルギー粒子の両方を使って材料変化を分析できるユニークな施設ができました。
放射線発生装置(加速器施設)の開発や運営は,研究者以外の方々にも支えられて成り立っています。例えば,先に述べた加速器施設の改修では,加速器ビームライン部分の製造・据え付けすべてを協栄製作所さんという東京・西大井の町工場が請け負ってくれました。私自身の未熟さのせいで随分とご迷惑を掛けましたが,辛抱強く接して頂いたおかげで,調達管理・施工スケジュール管理・ヤードワーク等,エンジニアリングのセンスを大学に居ながら鍛えることができました。
放射線はとても便利な「信号」です。近代科学は放射線によって発展したといっても過言ではありません(過去のノーベル賞を見れば一目瞭然ですよね)。ルールに従って放射線を使うには幾つかのステップがあるので,ハードルが高いと感じる方も多いようです。でも,それは(主にコミュニケーションに関係した)手間を惜しんでいるだけで,技術的な難しさとは別物だと思います。