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放射線に全く興味の無かった(むしろ放射線って何?)大学1年生の頃,大学の本屋で「生命と放射線」という本を目にした。生物学に興味は持っていたものの,学科が原子力工学科ということもあり,放射線と生物学は無縁と思っていた当時の私には衝撃的な瞬間でした。すぐに学科のカリキュラムから放射線生物学の文字を探し,その講義を担当する先生の研究室に顔を出したのが,研究者になる第一歩でした。
大学では中学理科の教職希望だったため,教職への道を考えていました。ただ,毎日研究活動にどっぷり浸かって,研究の楽しさから抜け出せなくなり,自然と進学し研究職に就きたいと思うようになっていました。同期や後輩が就職していく中,自分は研究職に就くため大学院でも研究をしようと思っていたので,就職に対する不安や焦りは一切ありませんでした。
放射線がん治療をより良いものにするため生物学的にどんなアプローチが可能かを考えています。アイソトープや放射線発生装置,大型加速器から出てくる放射線はそれぞれ固有の特徴を持っています。その特徴がもたらす生物影響を明らかにすることで,がんの種類,大きさ,発生部位によって最適な治療を提供出来るよう生物知見を見いだすことは重要であり,研究としては興味深いところです。基礎研究から画期的な放射線がん治療の実現も可能だと思います。下記の図は粒子線が生体内のDNAと反応するイメージです。この図の中には放射線の物理学的作用(電離),化学的作用(ラジカル生成,DNA切断)が描かれています。さらに時間が経過すると,このDNAの傷を修復しようと酵素が動き出します。そして,DNA損傷が酵素によって修復されると細胞は回復し生存することができます。放射線の影響は経時的に様々なフェーズで観察することができ,ここが放射線科学の面白いところです。
まずは,「面白そう」と思ったら行動する。頭で「問題提起」そして「予想」し「結論づけ」してしまうと,研究をした気分になっただけで,何も証明・実証していません。どんな小さい結果や成果でもいいので,「自分で導きだした結果」をたくさん持つことが,研究を楽しむ上で重要かと思います。研究は「体感」することに意義があると思います。
研究者にとって「実験をすること」はもちろん重要ですが,研究者同士での「闊達な議論」をすることも重要です。なかなか思ったような成果が出ない,同じことをしても実験結果が再現されないということはよくあります。そんなときは同期・同世代の仲間(研究者)と話し合うことが,非常に良い気分転換になります。誰もが似たような経験をしていますので,どうやったら負のスパイラルから脱出できるか,ちょっと違った視点からアドバイスをもらったりなど,助けてもらう(救われる)ことが多々あります。お互い尊敬ができ,信頼できる仲間を多く作ることは,大発見をしたのと同じくらい重要なことだと思います。研究は一人ではできません。
私には3人います。大学時代,研究の面白さを教えていただき,研究者になるための道を示してくださった指導教官。研究計画の立案から成果を論文にまとめるノウハウを指導してくださった大学院時代の指導教官。多様な人脈を活かし,国内外で活躍する多くの研究者を紹介してくださり,私にも国際的な人脈を作るきっかけを与えてくださった元上司。良い実験設備も重要ですが,良い研究者との巡り会いも重要だと感じています。
アイソトープや放射線と聞くと,物理学のイメージを持たれるかもしれません。ただし,ちょっと視点をずらすとその多様性が見えてきます。例えば,放射線でDNAが切れるのはなぜか?この答えを理解するには化学の視点が必要になります。また,放射線で細胞が死ぬのはなぜか?これには放射線の物理学,化学の知識に加え,生物学の知識が必要になります。対象が人になれば,免疫や代謝機構といった医学的な知識も必要となります。つまり,どんな分野の人でもいろんな切り口で放射線サイエンスを体感することは可能なわけです。ぜひ,分野の壁を意識せず,勇気ある一歩を踏み出してみてください。