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大学3年時の研究室選びの時,放射線と材料の相互作用を利用した研究をしている研究室があることを知り,「放射線はよく知らないけれど面白そう」と思ったのが放射線との最初の出会いでした。学生時代は加速器からのイオンビームを用いた研究を行っていました。
学位取得後,最初のポスドクとして陽電子消滅法の研究室に所属したときがアイソトープとの出会いでした。現在も福島第一原発事故由来の放射性核種による被ばく評価の研究を行うなど,アイソトープや放射線とは長いつきあいです。
研究室に配属したときから,何となく博士課程に進もうと思っていました。当時の研究はそのまま民間企業で役立つような研究ではなかったので(とてもアカデミックな内容だった),民間への就職は考えませんでした。不安があったかどうかといわれると難しいですが,「なるようになるだろう」と気楽に構えていたことは確かです。
実際には,ポスドクを転々とする羽目になって不安定な生活が続きましたが,今考えると,いろいろな分野のポスドクをした経験が全て活きています。後のことは考えず,若いうちに多少無理をしてでも自分のやりたいことをやる,というのは研究者になるためには必要なことなのかもしれません。
研究,といいたいところですが,あまりいい学生ではなかったので熱中していたとはいえません。ただ,博士課程の頃は1日の2/3は研究室にいたので,実験と解析はずっとしていたような気がします。
陽電子消滅法は,陽電子が材料中の電子と対消滅する際の消滅ガンマ線を測定し,材料中の空孔・分子の隙間のサイズや化学状態の情報を得る手法です。この手法で観測できるサブナノメートルオーダーの穴は材料の物性に密接に関連しているため,機能性材料の機能がどのような物理や化学で発現しているのかを知るための重要な情報を与えてくれます。
一方,福島第一原発事故後に環境中に放出された放射性核種は,動物・ヒトに対して長期間の被ばく影響を与えると考えられています。これらの放射性核種をきちんと調べることは,特に長期間の低線量被ばくが動物やヒトに与える被ばく影響を理解するために必要であり,社会貢献という観点からも「今しかできない」大変意義のある研究だと思っています。
頭を使って戦略を立てて実験をすることはとても重要ですが,その一方で,体力任せでとにかく実験をして,たくさんのデータの中から新しいものを見つけることも重要だと思っています(実際にたくさん実験をしないと成功しない例もあります)。そういう意味で,最先端の研究,あるいは大学における卒業研究・修士論文研究においても「とりあえずやってみる」ことが必要だと思います。
好きな言葉は「自己鍛錬自己規律」(出身研究室の研究室訓)です。
数年前,外国から輸入した新しい測定装置を導入したので意気揚々と測定を行いましたが,得られたデータの解析が全くできず,2年弱,格闘しました。うまく解析できる場合もあるのでサンプル調製が悪いんじゃないか,いやそうではなくてやっぱり装置の問題なんじゃないかといろいろ考え,サンプル自体を別のものにしたり,サンプル調製法を何度も見直しましたが一向に解決しませんでした。
しかしある日,ふと思いついた非常に単純な方法を試してみたところ,3つくらいあった問題が一気に解決しました。2年弱の間に測定したデータのほとんどが無駄になりましたが,諦めなかったおかげで装置に習熟し,サンプル調製の腕があがりました。
陽電子消滅法の研究ならば産業技術総合研究所の小林慶規博士・伊藤賢志博士,日本原子力研究開発機構の平出哲也博士
放射線生物影響の研究は東北大学の漆原祐介先生・鈴木正敏先生・福本学先生
放射光科学の研究は量子科学技術研究開発機構の横谷明徳博士・藤井健太郎博士
線量評価については岡山理科大学の豊田新先生,Helmholtz Zentrum MuenchenのAlbrecht Wieser博士,弘前大学の三浦富智先生
ヒトや動物の歯については東北大学の篠田壽先生・高橋温先生によく相談しています。
その他,書き切れないくらいたくさんの方々にいろいろと教えていただいています。
好きなもの:22Na
きっかけ:研究を始めて最初に分析に用いた放射性同位体なので。
縁のあるもの:90Sr,137Cs
きっかけ:福島第一原発事故の線量評価研究を始めるにあたり,環境やヒト・動物に問題となっていた長寿命核種だったので。どちらかといえば好きというよりも除去したい核種です。
最近は福島第一原発事故後に環境中に放出された放射性核種の分離や線量評価に取り組んでいます。これらは動物・ヒトに対する長期間の被ばく影響を精確に理解するための基礎となる研究であり,放射線生物分野や分析化学分野などへ新しい知見を提供できると考えています。他分野の方と連携して,福島第一原発事故の被ばく影響を明らかにしたいと思っています。
アイソトープなどから出る放射線は目に見えないので怖い・危険,とよくいわれますが,我々が扱うアイソトープ・放射線はきちんとコントロールされているので危険は全くありません。それらを使うことで,ナノメートルの世界を観察したり(電子顕微鏡や陽電子消滅法),体内のガン細胞を発見したり(PET診断),これまで観ることのできなかった世界を観察することができます。また,産業や工業分野でも多く利用されており,我々の生活と切っても切り離せない関係にあります。アイソトープや放射線がどのような分野でどのように利用されているかを知って,それらを用いたユニークな研究分野に興味を持っていただければと思います。